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エンターメント文化

エレン・ベーカー先生と同人誌文化:教科書キャラが生んだ前例なき二次創作ブーム

By Grace Evans

英語の教科書が、まさかオタク文化の震源地になるとは誰も予想していなかっただろう。2016年春、東京書籍が出版した中学英語教科書『NEW HORIZON』の改訂版が全国の中学校に配布されるや否や、SNSは一種のお祭り騒ぎに変わった。その中心にいたのが、エレン・ベーカー先生――ボストン出身の金髪碧眼のALT(外国語指導助手)キャラクターだ。

NEW HORIZON エレン・ベーカー先生のイラストイメージ

教科書のキャラクターが「萌えアイコン」になった瞬間

2016年4月6日ごろ、Twitter上で、2016年版の『NEW HORIZON』に登場する英語教師:エレン・ベーカーがあまりにも可愛すぎると大きな話題となり、これがきっかけとなって、pixivを含むイラスト投稿サイトで次々とファンアートが投稿される事態になった。たった一枚の教科書写真が数万リツイートを記録し、あっという間にトレンド入り。これほどまでの速度で、一人の教科書キャラクターがネットを席巻した事例は前例がない。

リニューアル後のエレン先生は目がぱっちり開いており、コケティッシュなアニメ絵柄に。エレン先生は金髪碧眼の、童顔お姉さん。ボストン・レッドソックスの大ファンで、バットのスウィングの真似をしながら笑顔で話す様子は、大変おちゃめ。インタビューによると、「挿絵がきっかけで英語に興味を持ってもらえるのではないか」という期待から絵を変えたそうだ。

つまり、最初から「かわいい先生」として設計されたキャラクターだったわけだ。だが制作陣も、ここまで話題が広がるとは想定していなかったに違いない。

エレン・ベーカーとはどんなキャラクターか

アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン出身。前任者(2012年〜2015年度版『NEW HORIZON』に登場)で同じくボストン出身のメアリー・ブラウン(Mary Brown)に代わって、日本の緑中学校に外国語指導助手(ALT)として赴任してきた。金髪で瞳の色はエメラルドグリーン。年齢は2016年4月7日放送の日本テレビ『NEWS ZERO』で取り上げられた際に「20代後半」と紹介されている。

キャラクターデザインを担当した電柱棒はエレンのデザインコンセプトについて「国籍以外は特に東京書籍さんからは指定もなく自由でしたので、とにかく僕自身が見てかわいいと思えるキャラクターを作ろうと心がけました」、また人物像については「教師というよりは友達のような感覚で親しんでもらえるようなキャラクターとして描いたつもりです」と語っている。

そのコンセプト通り、エレン先生は「お姉さんのような親しみやすさ」を体現したキャラクターとして定着した。教科書の枠を超えて、ファンの間では独自の物語や二次創作が無数に生まれた。

同人誌・ファンアート文化のイメージ

爆発的なファンアートと同人誌ブームの実態

エレン先生の二次創作イラストは一気にTwitterやpixivにあふれかえり、ニコニコではテーマソングまで作られる過熱っぷり。中川翔子も描いていた。プロのイラストレーターから一般ファンまで、あらゆる層がエレン先生のファンアートに参加した。これはもはや「自然発生的な文化現象」と呼んでいい。

pixivでは1,000件を超えるイラストと小説がこのタグのもとに投稿されている。さらに、日本で話題になったものがわずか1ヶ月で同人グッズまで作られてしまうスピード感は、もう日本を追い越してるかもしれないと報告されるほど、シンガポールなど海外でもエレン先生グッズが出回った。国境すら関係なかった。

エレン・ベーカー先生をテーマにした同人誌は、コミックマーケットなどの即売会でも確認されており、ファンによるオリジナルストーリー漫画、ポスター、グッズなど多岐にわたるクリエイティブ作品が生み出された。教科書のキャラクターがここまでの同人文化を生んだ事例は、日本のオタクカルチャー史においても極めて異例のことだ。

著作権問題と東京書籍の対応

問題が起きたのもまた、この熱狂の中だった。騒動は、Twitterユーザーの一人が東京書籍に問い合わせたことからはじまった。

2016年4月14日、事態を静観していた東京書籍もとうとう動きを見せ、公式HP上に「NEW HORIZONのキャラクターについて」と題したお知らせを掲載した。この声明は、ファン・コミュニティに少なからぬ波紋を呼んだ。

エレン先生の二次創作は教科書著作権協会に許諾申請をするよう東京書籍からアナウンスされている。出版社側の立場からすれば、学校教育用の教科書キャラクターが性的な二次創作の対象になることは、教育現場への影響を考えると容認しにくい問題だった。

漫画やライトノベルといった、購入の自由があり、話題性が重要(故に同人誌などの二次創作が事実上是認されている)な娯楽書とは事情が根本的に異なります。その点に留意し、節度を持って行動してください。――これは、エレン先生というキャラクターが持つ特殊なポジション、つまり「教科書のキャラクターである」という点が、一般的なアニメ・マンガ由来のキャラクターとは根本的に異なる問題をはらんでいることを示している。

エレン先生の件では、東京書籍側がその文化の中にいない。出版社と二次創作者の「暗黙のルール」は、今まで長い時間をかけて築いてきた独自のバランス感覚。この枠に入らない企業の場合、「暗黙のルール」が通じるとは限らない。

結局この問題は、教科書文化とオタク文化という、普段なら交わることのない二つの世界が激突した「文化的衝突」として記録されることになった。

2021年以降の変化と教科書から消えた理由

大きなお友だちが、ベーカー先生を使った二次創作をするのが問題になったのです。おそらくそのことをふまえてか、2021年度からの新しい中学教科書では、作者さん(電柱棒さん)はちょっとした挿絵担当に変わってしまい(ベーカー先生も消える)、メインキャラはマンガ感を少し抑えたキャラに変わってしまいました。

こうして2020年度をもって、エレン先生は中学校教科書の舞台から一時退場することになる。しかしそれは終わりではなかった。

公式が動いた:エレン先生の華麗な復活劇

2024年度版の東京書籍の小学生向け英語教科書『NEW HORIZON Elementary』において再び登場。この年は「NEW HORIZONプロジェクト」と題し、イラストも一新。新たなイラストは佳奈が手掛けた。

ただの教科書への復帰にとどまらない。2016年に登場するやいなや人気を集め、多数のファンアートがSNSを賑わせたほか、本家も英語の教科書から飛び出て他科目に採用されたり、LINEスタンプなどのグッズが発売されるなど多方面で人気を博した。

同年4月、東京書籍はベーカーがVTuber化した映像を公開。同年4月22日に発売され、自身も登場する、児童文学小説『NEW HORIZON 青春白書Unit1 新学期が始まる前に…』および英語学習書『エレン・ベーカー先生 はじめての英語教室』の告知を行った。

東京書籍株式会社は、児童文学小説『NEW HORIZON 青春白書』および小学校英語教科書『NEW HORIZON Elementary』の関連商品として、話題のALTであるエレン・ベーカー先生をはじめとした登場人物をあしらったキャラクターグッズを、2024年8月23日より発売開始した。アニメイト主要9店舗での販売という展開は、もはや「教科書の付録」ではなく、本格的なキャラクタービジネスの領域に踏み込んだことを示している。

エレン・ベーカー先生グッズのイメージ

エレン先生の同人誌文化が示したもの

エレン・ベーカー先生の同人誌ブームが残したものは、単なるオタクカルチャーの一エピソードではない。それは、日本の「二次創作文化」と「著作権」が交差する複雑な地点を鮮明に映し出した事件だった。

教科書キャラクターであるがゆえに、学校現場への配慮という制約がある。一方でファンの創作意欲は強力で、止めることも難しい。エレン・ベーカーというキャラクターの権利者は東京書籍であると思われるので、公式絵師であっても氏の作品は定義上、二次創作である。この一文が、エレン先生をめぐる複雑な権利関係をよく表している。

日本ウェブ上でジェミーママ以降、新しく登場した教育媒体出身の萌えアイコンとして、エレン先生は現在も多くのファンに語り継がれている。同人誌・ファンアートの世界でその名前が持つ重みは、発生から10年近くを経た今も変わっていない。

東京書籍が「静謐な環境で学習が進むことを願っております」と述べたのとは裏腹に、エレン先生はいつしか学習教材を超えた「ポップカルチャーの象徴」となり、公式自らその波に乗る形でVTuberデビューや小説展開、グッズ販売へと舵を切った。出版社が最初に懸念したものが、やがて最大のマーケティング資源になったというのは、皮肉でも何でもなく、日本のコンテンツ文化が持つ独特のダイナミズムそのものだろう。

エレン・ベーカー先生同人誌に関するよくある疑問

Q: エレン・ベーカー先生の同人誌を作るのは合法?
東京書籍は二次創作については教科書著作権協会への許諾申請を求めており、無断での商業的な同人誌制作はグレーゾーンとなる。節度を守り、公式のガイドラインを確認することが重要だ。

Q: エレン先生のファンアートはどこで見られる?
pixivには「エレン・ベーカー」タグのもとにイラストや小説が多数投稿されており、ファンコミュニティが今なお活発に活動している。

Q: エレン先生は今も教科書に登場している?
現在使われている小学校英語の教科書『NEW HORIZON Elementary』にエレン・ベーカー先生は登場しており、若葉小学校のALT(Assistant Language Teacher)という設定で描かれている。

まとめ:教科書から生まれた「伝説」

エレン・ベーカー先生という存在は、日本の教育とポップカルチャーがいかに密接に絡み合っているかを示す、格好の事例だ。同人誌・ファンアートという自由な創作の場で爆発的なエネルギーを放ち、著作権議論を巻き起こし、そして公式が追いつく形で大型展開へ。このサイクルは、エレン先生だけが生み出せた特別な現象だった。英語の勉強が「好き」になるきっかけを作るために生まれたキャラクターが、最終的には日本のコンテンツ文化そのものを揺さぶることになるとは、誰にも予測できなかったことだろう。